
南相馬便り
「ロケット打ち上げ実験」
明けましておめでとうございます。
午年生まれで、干支が7回めぐって、今年84歳になります。
お年賀状の納め時かと思います。多くの方に支えられ、助けられて、
今までつつがなく過ごさせていただいたことを心から深く深く感謝申し上げます。
おかげさまでこの年まで、大した病もなく、元気にすごさせていただきました。
毎朝さわやかに目覚め、毎日おいしく食事をいただき、健康に恵まれ、
神様と周りの人々から大いなる愛を注いでいただき、
日々を感謝の内に過ごさせていただいたこと、
これからの未来は「馬来行久(うまくいく)」と信じて歩んでまいります。
どうぞこれからも変わりなく、支え、導き、愛深く、
かかわり続けていただきたいと思います。
新しい年もどうぞよろしくお願いいたします!!


去年の夏のこと
確か8月8日のこと
小高工房からの帰り道、若い男性の一群、
いやあっちにもこっちにも男性ばかりの群れ。
日頃見かけない光景に「おや?!」と思う。交流センターの広場で、
そのグループの一人と思われる人に出会ったので、
「今日は何か行事があってるのですか?」
と問いかけたところ、
「宇宙開発の研究会をここでやってるんですよ。
全国から400人くらい集まっています。」
「えぇ~すごいですね!昨年小高でロケットの発射実験がありましたね!?
よい研究会でありますように!」というと、
「この街の復興に役立つよう頑張ります!」と言われました。
翌日の新聞に、この記事が出ていました。
ロケットを気球で成層圏まで運んで、発射させる取り組みです。
それによって大幅なコスト削減になるとのこと。内閣府の宇宙開発、文部科学省、
経済産業省の後援を得て、南相馬市の「アストロエックス」社が開催し、
浜通りにおける宇宙産業の可能性を探ろうとしているとのこと。
昨年10月ごろだったと思うが、小高区海老沢の広っぱで、
ロケットの打ち上げ実験が行われました。
小高区の海岸沿いは、津波と原発の被災地で、幸か不幸か居住不可の地域が多く、
ロケット発射に最適な地域だと思う。
今度発射実験があったら見に行ってみたいと思っている。
私の召命物語「傷が輝く体験」
フクシマに派遣されて、私は喜びと同時に複雑な気持ちになりました。
出来るだけ多くの被災者の方と関わり、
いろんなお話を聞かせていただきたいと思ったのですが、
関わるときの注意点としていくつかのことを指摘されたのです。
まず、こちらから決して被災のことを聞き出さないこと。
どこのどなたかとお名前を聞かないこと、
住んでおられる所を聞かないこと、相手の方が話されるまでは、
こちらから根掘り葉掘り聞かないことなど。
では、どうやってかかわるのだろう?と思案しました。
相手の方のお気持ちを尊重して関われば、
あとはまあ、なるようになるさ、という感じで関りが始まりました。
相手の方にこちらから質問するより、自己紹介の形で、
「私は広島県の福山というところから来ました。」というと、
たいていの方が、「そんな遠いところからどうしてここへ?」と聞かれます。
そこで私は、「広島の原爆で父が爆死したので、
原発の爆発の時のキノコ雲を見て、
他人ごとではないと感じて、一緒に住みたいと思った。」ことを話すと、
皆さん大体原発事故の時のことを話してくださいます。
中には私と同じ年のご婦人が、「原爆の歌を覚えてるよ」と、歌い始め、
♬ふるさとの町 焼かれ、身寄りの骨埋めし 焼け土に 今は白い花咲く
あぁ許すまじ原爆を 三たび許すまじ原爆を 我らの町に♬
と、私も一緒に歌いました。
中学校の時の先生が教えてくれたと。
こんなに遠くの人が広島の原爆を思ってくださっていたのか?!!
と私は感激しました。関りが下手なんだと言われるこの地方の人たちに、
私は原爆で亡くなった父のことを話すことで話の糸口を見つけました。
ここでも傷が輝く体験をしました。傷が輝くと言えば、この大震災で大きな傷
――土地も家も財産すべてと、心に大きな傷――
を受けられたこの地域の人々ですが、
お話の中でこんな言葉を言われる方があります。
「震災はいいことではないが、悪いことばっかりでもなかった。
あのままでは会うことがなかった、
あんたたちとこうして出会えて大勢の日本中から来てくれたボランティアの人、学生や高齢の人まで、
外国からも・・・あの事がなかったら、こんな今はなかった!!ありがてぇ~」
と。
また若いご婦人が、
「自分はこの地域の封建的な古臭い風習に縛られて一生を送るのかと、
うっとうしい気分でいたけど、あの震災があって、全国から、
外国からも多くの人が来てくれてこの閉鎖的な空気を破ってくれた!
震災でつらいことはいっぱいあったけど、
あのような大きなことがなければこの空気は変わらなかったと思うと、
別の見方をすれば本当に感謝すべきことだったと思う。」と。
これも傷が輝いたことだと思う。
人生には越えがたいと思うようなことが起こり、
心に大きな傷を負って歩まなければならないことがどんな人にも
起こると思います。
それを傷だけで終わらせないで、輝く出来事に変容させることができるよう、
祈りたいと思います。
それこそがキリストの復活秘義にあずかることだと思います。
私のここフクシマでのミッションを、
多くの方とのかかわりを通して悟らせていただきました。
新しい年にも、小さなことから大きなことまで、傷の輝く体験を、
復活秘義に参与する体験を積み重ねて過ごしたいものです。
今日はここまで、皆さんお元気でお過ごしください。
援助マリア修道会 南相馬修道院 北村令子


