top of page
bentokyantorute-shi-zi-jiano-jing-wu_edited.jpg
bentokyantorute-shi-zi-jiano-jing-wu_edited.jpg

世界各地からの便り

  • カメルーン バフッサム-農学研修終了の分かち合い


    導入

    感謝・召命・養成の歩みまず初めに、これら五年間の専門的養成の全期間を通して

    私を導いてくださった神に感謝を捧げたいと思います。

    困難や障害に直面したにもかかわらず、神はそれらを乗り越える助けを与えてくださいました。

    また、私の自己成長と修道会の益のために、

    この専門的養成の時間を与えてくださった修道会に心から感謝いたします。

    当初、この選択は私にとって明確なものではありませんでしたが、

    それは私という取るに足らない存在に対する神のご計画でした。


    被造物の再発見と環境への責任

    この養成期間を通して、私は創造されたすべてのもの、

    特に被造物そのものへの情熱を再発見しました。

    私は植物という存在の中に神を見いだしました。

    植物は人間のように言葉を話すことはありませんが、別の形で自らの必要を表現します。

    例えば、害虫や加害生物に脅かされたとき、他の生き物と意思疎通を行い、

    捕食者が救援に来るよう知らせることが できます。

    同様に、ミミズなどの非常に小さな存在は一見取るに足らないように見えますが、

    土壌の安定性、構造、質感、そして肥沃度を促進します。
    これらの発見は、被造物全体への理解を深める助けとなりました。

    特に、教皇フランシスコが回勅『ラウダート・シ』で強調されたように、

    被造物を大切にすることが求められます。
    これは、農業生産において農薬や化学肥料の使用を可能な限り制限することを意味し、

    土壌の劣化、水や土壌の汚染、動植物相の破壊、

    さらには人間の健康被害を防ぐことにつながります。


    農学の意義と専門的枠組み

    農学とは農業の科学であり、農業生産の量と質を向上させることを目的としています。

    食料不安、農村の貧困、気候変動といった課題の解決に不可欠な分野です。

    この学問は理論と実践の両面を持ち、両者を結びつけることが求められます。

    そのため、第一学年から第五学年まで多くの科 目が教授されました。

    農学が複雑であるのは、農業技術者が土壌科学、作物保護、

    生産システムを統合する役割を担うからです。


    研究テーマと主な成果

    本論文のテーマは、

    「バハム地域における陸稲(Oryza sativa L.)5品 種の適応性」と題されています。

    陸稲(Oryza sativa L.)は、人口増加に伴う需要の高まりにより、

    カメルーンにおける食料安全保障強化のための戦 略的作物です。

    本研究は西部州バハム地域で実施され、

    主な目的は、地域の農業生態学的および土壌条件下において5品種の適応性を評価することにより、

    陸稲の生産性向上に貢献することでした。

    試験は、バフッサム・カトリック学院の応用実験圃場で実施されました。

    実験計画は、完全無作為化ブロック法によるスプリットプロット方式で、

    3反復、2因子(品種および改良資材)から構成されていました。

    5品種(V1、V2、V3、V4、V5)および 6 種類の 改良資材(F0、F1、F2、F3、F4、F5)が供試されました。

    土壌の物理化学的特性の分析は、3 つのブロックから採取した試料について行われました。

    データは、陸稲の生育特性、病害 発生および収量に関する指標について収集されました。

    結果として、V2品種は最も高い草丈(41.17cm)を示し、

    V3品種は葉数(22.9)および葉面積(30.12 cm2)において最も高 い値を記録しました。

    また、V4(0.26%)および V2(0.33%) は、褐斑病に対して高い耐性を示しました。

    さらに、改良資材F2は草丈(43.55 cm)、分げつ数(5.8)、葉数(24.0)、葉面積(33.39 cm2)
    において生育を有意に促進 しました。

    F2および F1 は病害発生率が最も低く(それぞれ2.03%および 2.06%)、

    健全株数が最も多く確認されました。

    以上の結果から、改良資材F2および F3 と組み合わせたV2、V3、V4品種は、

    バハム地域における陸稲生産性を持続的に向上させるための

    有効な技術的選択肢であることが示唆されました。


    Sr マリ・クレール マイフェオ

    02.png
    01.png
  • 01.png
    04.png

    2025年12月29日から2026年1月1日にかけて、ヨーロッパのテゼ集会がパリで行われました。

    各教会は数ヵ月前から、ヨーロッパ中から集まる若者を迎える宿の提供者を募っていましたが、

    一ヶ月前になってもまだ、100人を超える若者の宿が決まっていませんでした。

     

    ホストには、家庭的な環境と3日間の朝食、最終日の昼食を共にすることが求められており、

    パリ25番地ではそれが保証できないので、総長ナタリーの機転で27番地に迎え、

    総顧問がお世話することになりました。

    どんな若者が来るのか、何語を話せるのか、ドキドキ、ワクワクしていましたが、

    初日に教区のロレット教会に迎えにいくと、4人のカトリックのイタリア人、一人のルーテル派のドイツ人、

    計5人の青年達が待っていました。

    野外でのキ ャンプに慣れている彼らは、27番地の小綺麗な部屋に宿泊できることを心から喜び、感謝 していました。

    それぞれは自分の故郷から小さなお土産を持って来ていおり、シンプルでとても感じの良い青年達でした。

    私達は総顧問会議の大詰めに入っていましたが、短い朝食の一時に彼らとの豊かな分かち合いを楽しみました。

    25番地のシスター達は、様々な教会に出かけて、青年たちと祈りの時を共にしました。

    パリの様々な教会での祈りの様子が Youtubeで流されていましたが、これほど多くの若者が一つに集まり、

    平和のため、世界のため、未来のために熱心に祈る姿に希望と励ましをいただきました。


    2026年1月4日 SrM. 有粧 和田

  • 01.png

    11月6・7・8日の3日間、甲子園教会で開幕の祈りを行いました。

    当初は主任司祭が不在の予定だったため、

    修道院で朝ミサの時間に聖体礼拝を行う旨を甲子園教会の皆さまにお伝えしていました。

    しかし、神父様の巡礼が中止になり、急遽、甲子園教会でのミサ後に聖体礼拝を行う形に変更されました。

    主任司祭のセサル神父様は大変協力的で、丁寧に準備を 整えてくださり、

    「ぜひ教会で行ってください」と温かく背中を押してくださいました。

    平日のミサは、通常数名の参加なので、祈りの冊子も数冊しか用意していなかったところ、

    実際には10名以上の方々が集まってくださいました。

    なかには予定を調整して3日間すべて 参加し、私たちとともに聖体の前で祈られた方々もいました。

    祈りの時は、美しく荘厳な 雰囲気に包まれ、多くの方が喜びをもって参列してくださいました。

    これは修道会の出来事にとどまらず、教会全体の出来事として受け取られていることが深く感じられ、

    神とすべての方々に心から感謝の気持ちをお捧げします。

    2025 年11月9日 Sr M. 環 吉井

  • 01.png

    9月6日と7日、奉献生活の聖年を記念して、フランス各地からおよそ千人の奉献生活者がパリに集い、

    きょうだいとしての交わりの二日間を過ごしました。

    輝く太陽のもと、多くのボランティアの温かいおもてなしに支えられ、

    私たちの巡礼は壮麗なサン・ユスタッシュ教会から始まりました。

    フランス修道者連盟の会長、シスターヴェロニク・マルグロンは、

    「この聖年は、神の愛に満ちた臨在を通して、神の未来を担うよう私たちを招いています」と語り、

    「希望と友情を運ぶ者でありましょう」と呼びかけました。

    同じ精神のもと、奉献生活省のシスターシモーナ・ブランビッラは、

    積極的な希望の預言的使命を生きるよう励まし、

    「人々が喜びと悲しみを分かち合う場に出向き、福音の喜びを伝えましょう」と語りました。

    ほかの講話でも、「シンプルで共同体的、実り豊かな生き方」を世界と分かち合うよう勧められました。

     

    参加者はそれぞれの体力に応じて、徒歩で、あるいはメトロで、

    モンマルトルからサン・スルピスへと向かい、感謝のうちに集いました。

    多くのグループが大きな共同モザイク作りに参加し、同じ召命に仕える多様な奉献の姿を象徴しました。

    このモザイクは、締めくくりの主日ミサで祭壇の下を美しく飾りました。

     

    こうして、私たちは共に、希望と平和の道を歩み続けます。

     

    2025年9月8日 S. ジュヌビエーブ M. (パリ)

  • 36EBD7EB-1748-41AA-9918-0CFF91439D93.png

    6月29日から7月5日まで、

    S.M.クレール、S.M.フランソワーズ、S.M.クレール・ノエ ルの三人が、

    教区のルルド巡礼に参加しました。

    S.M.クレール・ノエルは、この巡礼の思い出をこう語ってくれました。

    「ルルドで私は、人と人とのつながり、

    兄弟姉妹のような関係、キリスト教共同体の雰囲気を感じました。

    互いに本当の意味での交わりを体験しました。

    とても深い一致の経験であり、また国際的な広がりも感じました。

    互いに思いやりを持ち合いながら過ごすことができました。

    ルルドは本当に特別な出会いの場であり、祈りと交わりと一致の場所です。

    私にとって忘れられない霊的体験となりました。ルルドは本当に素晴らしい場所です。

    私は大きな喜びとともに帰ってきました。この体験を忘れることはできません。

    ただ、この大きな恵みに感謝するばかりです。

    その喜びを保つために、小さな記念品を買いました。

    聖母マリアがベルナデッタと向かい合う姿のある洞窟の置物です。

    それが私に大きな慰めを与えてくれます。」

     

    2025年8月15日 S.M. ジョゼウリヤル

  • 01.png
    02.png
    03.png

    2024年1月1日に発生した地震で被災した能登半島へ、ボランティアに出かけました。

    一緒に行ったのは、12名の若者たち。

    2年前の有期誓願更新のミサで侍者をしてくれた青年や、

    WYDで出会った若者たち、神学部での学びを共にする学生仲間たちでした。

    半島という立地に分断された交通網、復興が進み始めた昨年9月の集中豪雨による被害が重なり、

    人々の生活は未だ再建への道半ばにあります。カリタスのとサポートセンターのスタッフの同伴や、

    シスターズリレーでベースを守るシスターたちの歓待に助けられながら、

    『他者のために、他者と共に』をモットーに、活動に専念しました。

    被災地に初めて立つ若者たちは、私自身を含め、被災された方々にどのように声をかけ、

    寄り添うことができるのかを心配していました。

    被災された方々の体験は想像を絶するもので、理解することもできず、

    自分たちの無力さに打ちのめされそうになりました。

    しかし、 家屋整理の手伝いを終え、避難所でのお茶会を終えて、帰途に就こうとすると、

    どの方も心からの笑顔で、私たちと一緒に過ごした時間に感謝の気持ちを伝えてくれるのでした。

    これほどまでに「自分の存在を受け入れて感謝してもらったことはない」と若者たちが涙する姿に、

    私ももらい泣きをしました。

    ボランティアをとおして私たちが差し出した時間や労力は、

    復興への道のりのほんの僅かな一歩に過ぎません。

    その道は長く険しく、一人ではとても歩くことができないと感じます。

     

    しかし、私たちが心を合わせ手を合わせれば、この道を歩き続ける力が湧いてきます。

    「共に歩む」そのこと自体が希望なのだと確信しました。

    長期にわたる避難所での生活、山奥で半壊した自宅を守りながらの慎ましい生活。

    美しい能登半島の自然を愛し、被災してもなおこの地に残る方々が、

    共に手をつなぐことで前に向かって歩むことができるのだと、私たちに教えてくれました。

    「わたしたちは、与えるよりもはるかに多く人々からいただくということを確信している」 (会憲 155)

    2025年3月19日  Sr.M咲子 石田

  • 01.jpg

    山友会(東京の山谷地域を中心に、社会的に孤立して生活に困窮した方々を支援し、コミュニティづくりを目指す団体)
    40周年のつどいで、くり返し分かち合われた言葉が「一緒に食べよう」でした。
    援助マリア修道会の姉妹たちも、食事作りのお手伝いをとおして、この「一緒に食べる」ミッションに長らく仕えてきました。

    元ホームレス状態にあった野宿者の方々の多くは、生活保護を受けてアパートなどの屋根の下で生活できるようになりました。
    労働者の街が福祉の街に変貌し、現在は観光客向けのビジネスホテルなどの土地開発が進むなか、
    部屋があっても、一人孤独に食事をとっている人がたくさんいます。
    山友会は、そんな方々に地道に声をかけ、一緒に食事をとれるよう、共に歩み続けてきました。

    「一緒に食べよう」と、最後の晩餐でイエスが残してくださったミッションに、山友会のミッションも連なっています。
    山友会につながって「一緒に食べる」人たちの笑顔から、食卓に奉仕する、聖体的生き方の一つの実りを感じさせられました。

    ​2024.11 Sr.M.咲子 石田

  • 03.jpg

    一見、倉庫、実はアートミユージアム
    福島原発事故から12年
    南相馬市小高区にお住いの協力を得て小さな手作りの美術館を開設することになり、
    全国から総勢200名のボランティアさんの協力を得て、
    2023年7月12日に南相馬市小高にて開館し2024年3月には2000名突破、
    ご家族で北海道から来館された小学4年生でした。

    「おれたちの伝承館」―天井画「命 耀き」(山内若菜)―
    「おれたちの伝承館」は、福島原発事故がもたらした現世の問いをアートをはじめ様々な表現手段で「伝承」し、
    この事故を我が事と心痛める日本各地の人々と、この12年間、
    この地で生きることを選んだ大地の人々との「協働」に智慧と体を使い、
    そこから生まれる大きな「共感」をあまねく次の世代に橋渡しすることを目指します。
    人種、国籍、居住地、老若男女を問わず、ここに来ればみな表現者。
    心の赴くまま、喜怒哀楽全て受け入れる空間があなたをお待ちしています。
    (おれたちの伝承館パンフレット)

    「おれたちの伝承館」―「これまで」と「これから」をつなぐもの
    「これまで」と「これから」をつなぐものとして館内のアート作品は在ると思います。
    これは、アート作品と対話し新たな一歩を踏み出す力をもらったと、来館された多くの方の声から実感することです。
    今年2024年4月26日、伝承館敷地内に設置された新たなアート作品もその一つになることでしょう。

    援助マリア会 佐々木康予

    04.jpg

    一見倉庫、実はアートミユージアム旧浅野設備の燃料倉庫を活かし館内内装。
    東京電力福島原発事故で小高区に出た避難指示区域が解除された
    2016年7月12日に合わせてopenしてほしいという地元の方の願いに
    総勢200名のボランティア力で開設にこぎつけました。

    05.jpg

    「CERNOBYL-FUKUSHIMA」
    小林友子(双葉屋旅館)作

    CERNOBYL原子力発電所事故1986年4月26日に合わせて
    敬意をもって設置しました。
    羅針盤が示すいのち 歩みたい、あなたと!

  • 03.jpg

    写真左:津波で破壊された消防車
    写真右:希望の牧場の被ばく牛(車窓から写す)

    去る3月18日から21日まで、上智大学の学生3人と一緒に「南相馬巡礼の旅」に出かけました。
    “Come and See(来なさい。そうすれば分かる。) ”(ヨハネ一章35〜39)と呼んでくださったイエスさまと共に、
    よく見、よく聴き、触れ、さまざまなことを感じる貴重な日々となりました。
    東京電力廃炉資料館、浪江町立請戸小学校、中間貯蔵施設、
    「俺たちの伝承館」等を見学し、夕方、南相馬修道院で感謝の聖体礼拝をしました。
    静かに一日を振り返りその実りを味わいました。 後日、東京修道院で「若者の祈りの集い」を持ち、
    その体験を分かち合いました。
    「行ってみないと分からない。」という学生の声に、わたしも現地に立って体感することの大切さを実感しました。

    2024.4 Sr.M.美千代 細川

    04.jpg
  • 04-1.jpg

    三大天使の祝日であり、修道会の創立記念日である9月29日、
    修練院の扉が再び開かれ、新しい修練者マリ・イネスを迎える喜びを味わいました。
    共同体のシスターたちはそれぞ掃除、片付け、磨き、ケーキ、花、聖堂の準備などに忙しく働きました。
    修道会が少しずつ歩みを進めていく幸いを実感しつつ、私たちはこの新しい冒険を主なるイエスに委ねるために、
    祈りと回想のうちに、この迎える時を過ごしました。

    教会の新任の主任司祭、アベ・ガブリエルが、修練院の入会式の典礼に同伴してくださいました。
    「聖体礼拝において、キリストの祈りは私たちの祈りとなる。...」聖体礼拝において、またミサにおいて、
    キリストとの親密な一致の中で、新修練者マリ・イネスの新しい段階を感謝のうちに捧げました。


    また、今この瞬間に、私たちバフッサンの小さい祈りに、
    カメルーンに心を向けて祈って下さったすべてのシスターたちの祈りが加わりました。

    みなさんお祈りをありがとうございます。
    これからしなければならないことは、「神に汝を委託する」ことです。   

    S ジャンヌ・ダルク M.

  • 09.jpg

    6月7日、私たちは、霊的な一日に招かれました。

    私たちはカステルノーダリ(フランス)で制作されたDVD動画を見ました。
    この日は、援助マリア修道会の創立者、福者マリ-テレーズ・ド・スビランの祝日で、
    福者を発見あるいは再発見する喜びを共有することができました。

    マリーテレーズは、自分の人生を神に捧げたいという望みを持ち、20歳の時に、ガンのベギナージュに行き、
    発見した後、神の呼びかけに応えてカステルノーダリのベギナージュを創立しました。
    やがて、若い少女たちや孤児たちが彼女に加わりました。
    動画では、シスターたちが労苦して修道院を建てながら、拡大していった様子が描かれていました。
    この生まれたての共同体には平和と喜びがあふれていました。

    しかしすべてが完成した矢先、ある晩、火事がすべてを焼き尽くし、マリーテレーズは聖櫃を炎の中から救い出しました。
    すべてが灰燼に帰し、シスターと子供たちの命は大丈夫でした。シスターたちは一晩中、感謝の祈りを捧げました。
    すべてを失ったときに、残ったのは神への信頼、神の臨在への信仰でした。これが私たちが受け取ったメッセージでした。

    マリーテレーズが「平和と喜びの源」と呼ぶ聖体は、「すべてがそこから始まり、すべてがそこへ帰る中心」です。 
    聖体礼拝は私たちの使徒的生活の一部です。
    それから、聖マリア聖堂に移動して、聖体礼拝をし、ミサへと続きました。

    S.M. ベアトリス シャポン

  • 03.jpg

    「神は わたしに偉大なことをして下さった」 ルカ 1-49

    春の自然の美しさの中、典礼は復活から昇天・聖霊降臨と、豊かな日々を過ごしました。
    このような素晴らしい恵みの中で、私は入会50周年を迎え、心から神に感謝しています。

    同時に、皆様からの温かい心のこもったメッセージ、どんなに感謝してもしきれません。ありがとうございました。
    入会した当時、まさか金祝が迎えられるとは思ってもみませんでした。
    振り返って見ると、山あり・谷あり、笑いあり・涙あり 等々、さまざまな日々でしたが、
    その一つひとつに、神の恵みと姉妹の支え・励まし・祈りの力がありました。おかげで今の私があります。
    すべてを包んで下さった神の広い心と、皆様の助けがなかったら、ここまで来ることはできませんでした。
    本当にありがとうございました。

    私たちのいる南相馬浜通りは、皆さんもよくご存じのように、地震・津波そして原発事故後の放射能汚染で、
    大変な思いをされている沢山の人々がおられます。故郷に帰りたくても帰ることの出来ない住民もおられます。
    その中で、主は私たちに何をお望みなのでしょうか。

    このような状況のただ中にあって、ご聖体の前で祈る使命があると感じています。
    それによって主ご自身が、この地の人々に、恵みと力を与えて下さるにちがいありません。 

    私には大きなことはできませんが、出会う人々を大切に,共に歩んで行こうと思っています。
    これからも、お祈りで助けてください。心からの感謝をこめて。    

    Sr M.マルタ 鈴木 幸子

  • 05.jpg
    07.jpg

    8月9日にリスボンから帰国してからも、

    MAGIS(Ignatian Familyの青年大会)とWYDの熱気はなかなか冷めやらず、
    キリストの愛の炎による熱中症気味な日々を過ごしています。

    今もなお、目を閉じると群衆の人だかり。
    イエスのもとに集まる群衆の姿を、これほどまでに鮮明に想像することはこれまでありませんでした。
    なにせ、私が体験してきた日本の教会はいつも閑散としていて高齢者中心。
    イエスに呼びかけられた若者たちが世界中から集まる、その群衆のただ中に私もいることに、
    めまいがするほどの熱気と歓喜を味わいました。

    しかしながら、あまりの人混みにイエスを見失いました。

    自分がどこにいるのか?祭壇はどこ?パパ様は?
    人だかりの向こうに見えるモニター画面をとおして、どうやらミサが進行していることは分かるのですが、
    群衆に遮られてイエスに出会いたくても出会いないジレンマを感じました。
    これでは、聖体拝領も無理なのでは…とあきらめかけたとき、ふと背後に白い傘に先導された聖体奉仕者の姿が。
    この群衆のただ中にあって、前にも後ろにも斜めにも、

    イエスが共にいてくださることを実感した、感無量のひと時となりました。

    帰国後のカトリック新聞(8月20日付)で、

    ようやく教皇フランシスコが会期中に何を青年たちに語りかけておられたのかを知ることができました。
    「倒れたままではいけません。起き上がるのです」。

    そして、隣人を助け起こすように呼びかけておられたことが分かり、
    まさに私にとってのMAGISとWYDの体験がその呼びかけに応えるものだったと気づきました。

    今回の旅を共にした日本のMAGIS巡礼団は、

    インド人の神父様を中心とした中国人とフィリピン人、インドネシア人、日本人から成る多国籍グループでした。
    意見の相違や疲労、言葉の壁などで、ぶつかることが度々あり、

    そしてまた倒れた仲間を助けて共に起き上がり、旅を続けてきたのです。

    「マリアは出かけて、急いで山里に向かった」(ルカ 1・39)。

    山里に向かう道中、マリアもまた疲労を感じ、

    未知なる未来への不安にかられることもあったのではないでしょうか。
    人生の旅路において倒れても、なお希望と喜びに向かって歩む力を与えてくれるのが、

    マリアの胎内に宿られたイエス・キリストであり、
    前からも後ろからも斜めからも共にいてくださるイエス・キリストのご聖体の愛なのだと実感します。

    巡礼の途上、よろめく私の歩みを助けてくれたご聖体にいのちをいただき、

    マリアと共に新たな人生の旅路にでかけていくようにと駆り立てられています。


    2023年8月15日 聖母被昇天の祭日に S.M.咲子

    06.jpg

    写真左上:MAGIS in Singeverga

    写真右上:ぶどうの木の下でのミサ

    ​写真左下:WYD Lisbon 2023!

  • 05.jpg
    07.jpg

    写真上段左:誓願 宣立 写真上段右:御聖体のみ前にて

    ​写真下段左:共同祈願 写真下段中:父親と共に奉納 写真下段右:酒井陽介神父様と両親と共に

    ―「私はあなたがたを友と呼ぶ。」(ヨハネ 15:11 17)―

    日本語の「とも」には、様々な漢字があります。友人の「友」と、二人の人が一緒にいる「共」。
    それぞれの「とも」は実は同じ語源なのだということを、酒井神父様は誓願式ミサの説教で分かち合ってくださいました。

    誓願式の翌日、主の昇天の祝日の福音書は、
    「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ 28:16 20 )で結ばれていました。
    この二つのみ言葉が紡ぎ合わせられるように、私の心に響いています。
    私のことを「友」と呼んでくださる方が、「共」にいてくださる。三年間の有期誓願を新たに宣立する恵みの中で、
    ますますこの方の呼びかけに信頼して、主にゆだねて歩んでいくようにと、聖霊の息吹に背中を押されるように感じています。

    共に学ぶ上智大学神学部の学生たち、S.M.スビランの講座受講生、ヘルパーの方々に助けられ、
    見守っていただきながらの、祝福された誓願式となりました。
    準備したはずが準備通りではなかった!そんなハプニング続きの誓願式が、かえって味わい深く私の心に余韻を残しています。
    人生のハプニングを主とともに、主への信頼のうちに生きるように。
    聖母マリアの「フィアト(なりますように)」もハプニングの連続の中で深められていったのではないかと、
    ますます援助マリアを身近に感じつつ、マリアとともに神に信頼して、誓願生活を生きていきたいと望みを新たにしています。

    これまで支えていただいた多勢の方々、そしてシスター方の祈りに心から感謝を申し上げます。

    2023年5月21日 主の昇天の祝日に
    S.M.咲子

    08.jpg
    06.jpg
    09.jpg
  • 2019年6月29日、Srジャンヌダルク・マリが援助マリア会において神を愛し、

    神に仕えるために決定的な「はい」を誓いました。


    誓願式はドゥアラのベパンダ・オムニスポーツの聖霊教会で行われました。

    ミサの主式はサムエル・クレダ大司教。
    Srマージョリーをはじめ、アンティテ・カメルーンの全姉妹、小教区の信者さんや友人たち、
    そしてSrジャンヌダルク・マリの家族が出席しました。感謝のミサは翌6月30日に祝われました。


    私たちは、聖体のまわりに私たちを集めてくれたSrジャンヌダルク・マリに感謝しています。
    そして、シスターがキリストのあがないのみ業への参与のうちに、
    大きな喜びとダイナミズムを生きることができますようにと祈ります。

     

    Sr M.ナデージュ

    001.png

    私を捧げものにしてくださり、主のお気に召すものとしてくださった お父さん、お母さん、ありがとう。

    Srジャンヌダルク・マリの感謝の言葉 「渡されて…」

    まずはじめにご自分を渡されるほど私を愛してくださる主とともに、
    自分が完全に渡されたのだという幸福を皆さんに分かち合えることは私にとって大きな喜びです。
    誓願文を読みながら、主がこの絆のうちに私とともに行ってくださり、
    私は命を得るために死んで復活されたキリストとともに死を選んだのだと深く感じています。
    私にとって(自分の)死を選ぶとは、愛によって命を選ぶことです。

    バナナの木のイメージが私がここで言いたいことをよく表していると思います。
    バナナの木は生長してバナナがたくさん実と、その木は順にあとから生長するバナナの木が
    よく育つように切られ捨てられます。私はこのバナナの木のように果実(バナナ)を産み与えた後、
    あとのバナナの木が新しい芽を出すために死ぬように呼ばれ、豊かないのちが生み出されるために、
    自分の実を与え、また自らを与え続けます。
    「キリストよ、私は私のすべてをあなたにゆだねます。あなたを愛し、あなたに永遠に仕えるために
    私を取ってください。」

    一人一人の姉妹に感謝します。シスター方は私にとって、ロザリオの連なる珠のようでした。
    私がこの決定的な「はい」へと進んでいくために欠かせなかったあの時この時に
    ともにいてくださったからです。そしてきれいなカードをありがとうございました。

    Thank you very much.  Srジャンヌダルク・マリ

    002.png
  • 20190601.jpg

    フィリピンのマニラ共同体は援助マリア会の養成の家として、いろんな姉妹を迎えています。

    この度は、英語の勉強のためにカメルーンから来られたシスターイヴェット・マリからの便りです。
    フィリピンに来てから、早、数週間になります。

    アイルランド行きのはずの飛行機はフィリピンに着陸してしまったんです(笑)。


    幸いこちらには姉妹がいて私を迎えてくださいました。
    こちらの人々のことも少しずつ知って、道を歩いていると時々カメルーンにいるような気分になります。
    やりかたとか習慣がよく似ているからです。

    市場にはカメルーンで売っていた果物があります。人々はとても親切です。
    ですが、今のところ意思疎通するには言葉の限界があります。
    現地で使われているタガログ語もある程度できなければならないからです。
    それでも通りがかりに挨拶を交わせます。
    公共の交通機関は絶好の練習場所です。タガログ語をいくつか覚えたんですよ。
    少しずつ。あくまで少しずつですが。

    次回のニュースをお楽しみに。姉妹的に祈りのうちに一致しています。

     

    Sr.イヴェット・マリ

    左から、イヴェット、テレーズ、マルチナ、絹恵、咲子

  • 2018年3月19日 南相馬修道院設立

    南相馬市小高区にあるこの小さな、そして大きな修道院は、神様とスタッフ、ボランティア、原町教会信徒代表、
    マリアの宣教者フランシスコ会の姉妹型、地域の方々、そして私達援助マリア会3人のメンバーの約30名の参加を得て、
    CTVC(東京ボランティアセンター)代表の東京教区補佐司教幸田司教様の司式により、修道院創立祝福のミサが捧げられました。

    minamisouma1.png

    まず修道院祝福に先立って司教様は、

    震災8年目に入った小高区のこの土地に住んでいた人々は大きな苦難を強いられ、
    7年経過した今でも人間復興・心の復興には様々な課題があり、

    この状況の中でこの地で生きる選びをした援助マリア会会員を祝福してくださるように、
    またこの家の中心である聖堂・祭壇を祝福してくださるように、と祈ってくださいました。

    そして、この家が聖体の前で、聖母マリアと共に、
    苦しむ人々と連帯しながら祈るまことの祈りの家となりますように・・・と祈り、

    各部屋の祝福が行われました。

    minamisouma3.jpg

    ミサの説教においては以下のようなお話をしてくださいました。

    『聖ヨセフの祭日。ヨセフはマリアの夫としてイエスを養い育てた人。

    ヨセフといえば、どうしても「男は黙ってサッポロビール」という言葉を思い出す。
    三船敏郎が出ていた昔のテレビCMです。ヨセフは聖書の中で一言もセリフがない。

    マリアが自分とは無関係に聖霊によって身ごもったことを知ったけれど、そのマリアを受け入れる。

    一言も言わない。ヨセフはとにかく目立たない。

    イエスの誕生と幼少年時代の物語に登場するけれど、いつもマリアの方が目立っていて、ヨセフは目立たない。
    でも「目立たないけどそこにいる。」それはとても大切。

    援助マリア会のシスターがこの小高にいる、ということは大切。
    目立つ必要はない。ここにいることが大切。

    ヨセフはそこにいる。いるだけでいいとも言えるが、マリアと幼子イエスを守る。

    ヨセフの働きが一番はっきり現れるのは、幼子の命をヘロデ王が狙っていると知って、

    マリアとイエスを連れてエジプトに避難したこと。今で言えば難民のよう。大変な苦労があったでしょう。
    その中で弱く小さな命を守った。

    ここに住むシスターたちにとって特に大切な働きは、本当に弱い人、小さい人に寄り添うこと。
    孤立している人に目を注ぎ、ともとなること。この点でも聖ヨセフに倣ってほしい。

    ヨセフの役割はもう一つあります。ヨセフはダビデの家系に属していた、とマタイ福音書もルカ福音書も伝えます。

    その時代、ダビデの家系から理想的な王である救い主が生まれると考えられていました。

    ダビデの家系とイエスを結びつけるのが、ヨセフの大切な役割だったとも言えます。

    ここ小高にも大きな伝統があります。

    鎌倉時代から明治まで続いた相馬氏が最初に作った城は小高城で、そこはこのすぐ近くですが、
    小高神社として今も野馬追の神事の中心にあります。相馬家代々の菩提寺は私達も馴染み深い曹洞宗同慶寺です。
    憲法学者鈴木安蔵を生んだのはこの小高ですし、島尾敏雄、埴谷雄高という文学者のルーツでもあります。
    この豊かな宗教的文化的伝統の中に、この修道院が生まれました。

    ヨセフがダビデの家系とイエスを結びつけたように、この小高の伝統とイエス・キリストの福音を結びつけるのが、

    この修道院、シスターの使命でもあると思います。

    聖ヨセフの祭日にこの祝福式のミサを行うのは偶然ですが、でもそこに不思議な意味を感じています。
    ヨセフのように「目立たないけれどそこにいる」ということ。ヨセフのように「弱く小さな命に寄り添う」こと。
    ヨセフがダビデとイエスをつないだように、「この地の伝統とイエスの福音をつなぐ」こと。

    いろいろ大変なこともあるでしょうが、イエス、マリア、ヨセフの聖家族が共にいてくださり、

    この修道院とシスターたちを支え、導いてくださいますよう、一緒に祈りましょう。」

    南相馬修道院のメンバー3人が揃ったのは、4月15日(日)夕方でした。

    毎日仕事の合間を縫って少しずつ片づけられてはいるものの、
    修道院の中はまだまだたくさんの荷物、家具、道具が片付かないままでの生活が始まりました。

    7年間原発によって避難区域に指定され、放置されていた建物ですから、

    生活していく中で予測できなかった出来事が発生したりの日々でした。

    ボランティアに来られている方の協力で4月24日やっと階段に手すりが付きました。

    そして援助マリア会が小高に住むことがいかに地域の人々、カリタス南相馬のスタッフ、
    ボランティアの方々にとって喜びとなっているか・・・まるで巡礼地になったかのように、

    司教様はじめ、スタッフの方々、関わってきた被災者の訪問などからその状況がわかりました。

    これからいろいろな方々の協力に助けられて、この地の住民となり、

    寄り添いの奉仕に参加できることを願っています。

    地域の文化、歴史を大切にし、学びながら教えていただきながら、
    南相馬浜通りに福音の種の芽生え、「いのちの交わり」と互いのいのちの交換ができるようになれば・・・
    既に存在している神の国の再創造を生きることができるのではないかと願っています。

bottom of page